2010年11月17日

クリスマスプディングの無謀な冒険、またはスプーンたちの罠

 「ヴィクトリア時代の料理を再現する」、という企画に関わる機会がたまにある。私自身は普段ほとんど料理をしないくせに、本棚の一角は十九世紀の料理本、家事指南書、料理記事の載った昔の家庭雑誌で占領されているため、必要なメニューを探し出すだけなら、めんどうではあるものの難しくはない。インターネットでパブリックドメインの本を渉猟するのも楽しい。スコーン、ケジャリー、パイ、ロースト、カレーにプディング、ゼリー、アイス、タルト。安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)よろしくアームチェア・コックさんになりきって、レシピを読み込んでひとしきり楽しんだら終了である。

 けれど、読者が実際にその料理を作ってくれるかもしれないようなものを書こうとしたら、まったく検証なしというわけにはいかないだろう。レシピにしたがってやってみて、初心者が陥りがちな罠を探し(私も初心者なのでちょうどいいことにする)、調整していくことになる。当時と今では入手できる材料も道具も違うし、味の好みも当然違う。何より計量の仕方が違う。同じ単位の表現でも、時代や場所によってかなりバラバラで困ることになりがちだ。

 英国とアメリカでは、ビールを飲む時やアイスクリームを買う時にお世話になる液量単位、「パイント」の容量が違うことは知られている。アメリカの1パイントは473ミリリットル、英国の1パイント(インペリアルパイント)は568ミリリットル。「英国ビールを5、6杯(8い)」と覚えよう。というのがギネス好きの猫丸さんの提案である。それはさておき、カップやスプーンの大きさも違っていたみたいである。

 英国の古いレシピはヤード・ポンド法で書いてあり、加えて液体・粉末の計量にはカップ、グラス、スプーンで計っているものが多い。この容器がくせもので、種類がかなりたくさんあるうえ、十九世紀の料理書に載っている凡例と現在使われている単位にズレがある。また、当時の料理書は他の本の内容や投稿されたレシピを切り貼りしてできたという経緯を考えると、一冊の本の中でも表記のブレがありそうな感じも受ける。外国の愛読者が送ってきたレシピをそのまま載せたりしてそう。

<現代の計量スプーン>
大さじ(1テーブルスプーン) 15cc
小さじ(1ティースプーン) 大さじ1/3(5cc)

<1907年版『ビートン夫人の家政書』計量単位(液量)>
1ブレックファスト・カップ=1/2パイント(284ml)
1ティーカップ=1/4パイント(142ml)
4テーブルスプーン=1/4パイント(142ml)
1ワイングラス=1/8パイント(71ml)
1テーブルスプーン=1/16パイント(35.5ml)
1デザートスプーン=1/2テーブルスプーン(17.8ml)
1ティースプーン=1/2デザートスプーン(8.9ml)
1ソルトスプーン=1/2ティースプーン(4.4ml)

<1861年版『ビートン夫人の家政書』計量単位(液量)>
1テーブルスプーン=1/2液量オンス(14.2ml)
1デザートスプーン=1/2テーブルスプーン(=1/4液量オンス=7.1ml)
1ティースプーン=1ドラム(=1/8液量オンス=3.5ml)

 ワイングラス小さ! あとジルとかハンドレッドウェイトとかストーンとか古い単位はいろいろあるけど以下略。

 完全な再現はできないにしても、実際につくってみると、体験としてわかることもある。「ジャンプスクエア」2010年12月号に掲載された「エンバーミング博物誌」では、黒崎薫さん宅のキッチンで、およそ百年前のビートン夫人のレシピにしたがってクリスマス・プディングをつくってみた。蒸すのに5〜6時間かかるというから、調理中はひまだろうとたかをくくっていたら、絶え間なく火の様子を見て、蒸し器に水を足し続けなければならないので、全然ひまではなかった(主に黒崎さんが)。エドワード7世時代の生活を再現する英国のリアリティ番組『MANOR HOUSE』では、ホールボーイとスカラリーメイドがキッチンの仕事をさぼって密会し、レンジの火が消えてしまって上司のシェフに叱られるという展開があった。今となっては、さぼりたくなる気持ちも怒りたくなる気持ちもよくわかる。プディングに限らずどれもこれも超長時間加熱する料理ばかりなのだから、それが途中でダメになった日にはがっかりどころのさわぎではない。そして当時の石炭レンジは、現代のガスレンジやIHクッカーとは比較にならないほど取り扱いが難しかった。必要な火力を得るのも一定の温度を保ち続けるのもひと苦労だったのだ。

 ところで、『SQ』のコラムでも取り上げてもらったが、英国では「かきまぜの主日」と呼ぶ特定の日曜日にプディングを作り始め、クリスマス当日に蒸しなおして食べるという慣習があるそうだ。2010年のその日は11月21日。プディング作りに挑戦してみたい向きは今週末がチャンスである。

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 できたてを味見したら思いのほか美味だった。それはもう意外なほどに。本格的に熟成して食べてみるのは半年後の予定。いろんな苦労の成果が楽しみだ。

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posted by rico at 12:02| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする